『幻の女』読書ログ|抒情溢るるミステリ古典

読書ログ:『幻の女』 ウィリアム・アイリッシュ著 BLOG

離婚を拒否し続ける妻が殺された。犯人は夫ではない。

アリバイがある。 
その夜、こじれきった夫婦喧嘩の果てに自宅を飛び出した夫が、バーで偶然出会った女性と食事をし、妻を誘ったチケットで共に観劇し、ただ別れたところまでを読者は見ている。彼は殺していない。
しかし、その夜出会ったはずの人々は言うのだ。

「彼は一人でいた。女などいなかった」と。

1940年代アメリカ。科学捜査は未発達で、状況証拠と証言が大きな力を持つ時代。
彼は必死に否定するも収容され、死刑執行を待つ身となった。
誰もがいないと言ったその『幻の女』を見つけさえすれば、彼の潔白は証明できる。
果たして、彼女は何者なのか。どこに消えたのか───

導入だけ書き出すといかにもミステリ小説・推理小説で、当然その体で読み始めたら、あまりにも抒情的で詩的な文章と細やかな心理描写に圧倒されて、気づけば「謎どころじゃないが!?」という状態になっていた。

いわゆる「伏線を散りばめ、クライマックスには探偵皆を集めてサテと言い……」みたいなパズル型の謎解きジャンルではないので、そのつもりで読むと肩透かしをくらうかも。イメージは火サス。ものすごく美しい文章で織りなされる火サス。

以下つらつら語り。ネタバレの前段階で注意喚起入れますのでご留意ください。

1940年代アメリカのあれそれ

・妻一人殺して死刑。しかも執行までが早い。
・離婚のハードルが今よりずっと高い(※州ごとに差はあるらしい)
・不倫関係に厳しい
・状況証拠と証言メインの犯罪捜査
・人の目が届かない場所が今よりずっと多い

妻殺しの冤罪をかけられたスコット。妻との関係は既に破綻しており、長い間離婚を希望している───だけではなく若い愛人がいる。愛人いるのかよ。しかし愛人と表現されているのに、同時に「清潔な関係だ」とわざわざ文中で言いきっている。肉体関係ないのに!? 現代日本の感覚だと「肉体関係があるかどうか」で線引きされがちだから、むしろ肉体関係もない女性を愛人呼ばわりは失礼なのでは……とおかしなところで動揺してしまう。「お互いに愛情があるが、既婚者なのに恋人呼びはおかしいからここは愛人と表現」みたいな匙加減の結果なのか。

どうも当時の倫理観的には「既婚者と若い女性」ってだけでだいぶゲージが赤くなるっぽい。スコットが法的に潔白であっても、読者の感情が「でもお前不倫してるじゃん」とならないように、筆者は倫理的にも潔白であると示したのだな。個人的には肉体関係なくてもわりと嫌だなと思わない気持ちがないでもないが、この夫妻の事情を鑑みるに同情の余地はあり、この愛人ちゃんも途中めちゃくちゃ頑張るのでまあ……まあ……なし寄りのありかな……。

犬と飼い主さんが散歩してても犬しか見てない問題

随所に出てくる『かぼちゃの帽子』という語感が可愛すぎて、どうしても『あつまれ!どうぶつの森』ビジュアルで再生されてしばらく困った(表紙のイラストに気づいて解決)(余談だがあつ森にかぼちゃ帽子はなかったと思う)(パンプキンヘッドはあった)

『幻の女』が幻たる由縁として、バーテンやドアマンなど、行く先々で出会ったはずの人が皆『そんな人はいなかった』と口を揃えるのだ。彼女が超目立つ素敵なかぼちゃの帽子をかぶっていたことにより、「あのクソ目立つ帽子の女を覚えていないなんてことある!?」「女だけ覚えているならともかく、スコットのほうだけを覚えてるの変でしょうよ」「まさか幽霊なんてことは……」など、読者側に絶妙な疑念と不安感が発生するのだ。

というか、数時間行動を共にした無実の男・スコット自身が「かぼちゃの帽子のインパクトが強すぎて他の特徴何も覚えてねえ」という状態なのが一番危なっかしい。お互いに何も聞かない約束だったとはいえ、数時間一緒に過ごしてそんなことある!? いやでも、私も十何年の付き合いで本名を知らない友人がたくさんいるし、カードに書いてくださった筆跡はよく存じているのに顔は全然覚えられなかったりするので(そもそも人様のお顔をじっと見ない)、まあ……あるか……?

顔を憶えるのが苦手な人間は、知らない相手を劇場に連れて行ったりしてはいけない
                            ───バージェス警部












※ここから先は犯人を含むネタバレになります。未読の方はご注意ください。










謎どころではない

既読の方には伝わると思うが、びっくりするほど表現が抒情的で美しい。海外の児童文学、青い鳥文庫コバルト文庫ホワイトハート新潮社etc.、かつて夢のような色とりどりの比喩をもりもり食べて育った私はこの一点だけでかなり高評価である。類まれなる美姫を「あるいは咲き初めの薔薇」と表現する文章に胸をときめかせて育ってきた子供である。ちなみにこれはちょー美女と野獣だったはず。

とにかくひとつひとつの表現が美しい。ただし私は推理小説だと思って読んでいたため、普段なら大興奮必至の怒涛の形容が「待ってくれ、今は事実だけを書いてくれ…!」という状態になったのは我ながら驚きだった。こういうのってジャンルと場合によるんだ。

加えてこの著者は、章ごとの視点人物の心理を徹底的に描写する。基本的に視点人物に感情移入しがちな私はそれはもうころっころに転がされた。ころっころだ。親友ロンバードが仕事を蹴ってまで助けに来てくれた時は心底友情に感動したし、女に執拗に見つめられ付け回されるバーテンの視点で物語が進むときは、その女にうっすらと憎しみすら覚えた。

その時その時の感情で読んでいたものだから、早々に謎どころではなくなった。どんでん返しの犯人解明シーンでは、もはや「どういうこと!?」と、この本を薦めてくれた友人Sさんに助けを求めたりなどした。「今から説明が始まるからまず読んじゃってください」と言われた(そうしました)

解き明かすべき謎なんてなかった

読了後すぐ、真っ先に出た感想は
「船のチケットも買ってあったんだし、下手に冤罪着せようとせずにそのまま南米に戻れば逃げおおせられたのでは………」
の一言に尽きた。
この捜査のゆるさならマジでいけたのでは。

この物語に『美しい謎』『緻密なロジック』『あっと驚く伏線』はない。
全てが明るみに出てみれば、それは緻密に練られた計画でも組織的陰謀でもなんでもなく、衝動と焦りの積み重ねだった。解き明かすべき謎なんて、もとからなかった。
殺人直後の犯人の行動には、動揺と「とにかく自分が疑われないようにしなくては」という恐怖で頭がいっぱいの行き当たりばったりさが感じられる。少なくともその瞬間までは、スコットに冤罪を着せてやろうというほどの明確な悪意や計画性があったとは思えないんだよな……親友の配偶者寝取るタイプの人間は、うっすら親友のこと見下していそうだなとは思うけど。

めでたしめでたし……?

悪妻は退場し、真犯人は捕まった。
困難を乗り越えたスコットとその愛人改め恋人は、より強い絆で結ばれる。
描写も祝福してる雰囲気だし、きっとこの二人は幸せになれるんだろう。

ただ、読んでる側としては、ハッピーエンドと言い切るには人が死にすぎている。
関係性はともかくとして近しい人を失い、巻き込まれた犠牲者がいる。二人に直接の責はないけれど、無実ハイが落ち着いた時、別の苦しさも出てくるんでないか……

殺されて仕方ないほどの悪妻だったか

スコットの妻・マーセラは、人の心を弄んで嘲笑うめちゃくちゃ嫌な女として語られているし、実際嫌な女ではあったんだろうけども。怒りに任せて愛した人を殺し、親友を陥れ、以降完全に殺しが選択肢に入った殺人犯と同列に語られるほどではないし、普通に被害者だよな…とも思う。この人だけ最初から死んでいるから、この人の視点で語られることはないんだよな。「嫌な女だった」と、他人に語られているところしか知らない。
まあ大前提として不倫相手を本気にさせて、唆して家まで用意させておいて、いざ駆け落ちという時に手のひらクルーができるのはだいぶやべえ女ではある。あるんだけども!

同情すべき描写なんて何もないんだけど、
私の中の東方仗助が「なにも死ぬこたあねー」って言うんだ

男性中心の社会構造であるはずの1940年代アメリカ。
しかしこの本の中で描かれる関係性は、個人個人の私的な関係性であるためか、思っていた以上に対等で、ともすれば女性のほうが強そうにすら感じるのが興味深かった。
女性の描写がよい。そして同じくらい男性もよい。
男も女も愚かで弱くて完璧ではないが、同時に美徳を兼ね備えている。いい奴もいれば悪い奴もいて、等しくろくなもんじゃないけど、マシなところだってある。筆者がそういう書き方のできる人だったってことかもしれないし、社会的役割が性別で固定されていた時代だからこそ逆に、ということかもしれない。冒頭に「筆者は母親と強烈な愛憎関係にあった」なんて記述があったから、そのあたりも根底に関わっている可能性もある。

想像するしかないけれど、紡がれた文章はとても美しい。

ただそこに在っただけの『幻の女』

最終的にものすごく好きだなー!と思ったのは、常に物語の中心だった『幻の女』の扱い。

彼女は黒幕でもなければ、物語を操る存在でもない。
正体というほどの正体もなかった。
心の危うい女性が、その夜もふらりとバーにやってきただけ。思いがけず発生したスコットとのひとときを、きっとそれなりに楽しんで、その日は家に戻ったはず。
そして、すべての物語が終わったあとには精神病院にいる。

時々開催される鳥子倫理委員会
時々開催される鳥子倫理委員会

この精神病院のくだりは正直どうかと思う点のひとつだが、しっかりコミュニケーションがとれて正体判明した暁に証言の場に立てるような女性であれば、ここまで積み重ねた『幻の女』の印象が霧散してしまいそうだし……
余韻の演出という観点から、全私による審議の結果ありよりのありという決議が出ました。


ミステリ小説は特に、出来事に理由や意味を持たせがちなジャンルだと思う。私も点と点が繋がっていく様が好きだし、気持ちよく繋がればテンションが上がるし、あとから回収される伏線が嫌いなわけがない。
でもこの作品はそれをしない。
だからこそ読んだ直後はやや拍子抜けというか、肩透かしだった、という感覚も確かにあった。でも美しかった。

『幻の女』は鍵でもなんでもなく、ただただ偶然、渦の真ん中にいただけ。
彼女はその夜確かにそこにいて、そして二度と読者に見えるところには戻ってこなかった。
その儚さ、どうしようもなさが、夜の雑踏の中でとても美しい人を垣間見た余韻のように残る。
そんな一冊だった。

『幻の女(新訳版)』
ウィリアム・アイリッシュ 著
黒原敏行 訳
早川書房

ここに作品購入URLとか貼れば親切なのかも。そのうちやります!

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